農業は人との語らい

 自然とのささやき合い

  天地の神々の声を聴く世界

 

 

 戦後間もなく武蔵野の地に生まれ育ち、以来、半世紀余りを都会の塵網の渦中で暮らした後、還暦を前にして上総国・極楽寺の田舎に移り住み、たまたま“遊び心”が嵩じて始めたのが野良仕事でした。

 それから十有年、有機・無農薬、露地栽培をモットーに、美味しい野菜や米作りを楽しみつつ、四季折々の作物を栽培しております。そんな私の道楽農業を、ご笑味くだされば幸いに存じます。

2017年 寒露

4日の中秋の名月“十五夜”は群雲の狭間で見え隠れしましたが、2日後の“望月=満月”は、残念ながら雨に降られて見ることが出来ませんでした。雨は夕方から降り始めるとの予報でしたので、その前に収穫終えたカボチャ畑の蔓草、雑草を集め一挙に燃やすことにしました。折角、刈った草が雨に濡れてしまうと、また乾くまで待たなければなりませんので、いつも雨が降る前にやるのです。

こうして毎年、ほぼ一反のカボチャ畑の野焼きが終わると、春から夏、夏から秋へと続いてきた農作業が一段落します。草が燃える煙を見ながら、いつもと変わらす季節に追われ、かつ野菜の生長に追われながら過ごしてきた今年の農作業を振り返りました。

思えば、今年はカボチャ「宿儺南瓜=すくなカボチャ」、オクラ「ダビデの星」、馬鈴薯「インカの瞳」、ナス「山形小茄子」などは豊作でした。特に宿儺南瓜は、作付けを始めてから7年目にして私なりの栽培法をほぼ完成させ、品質、質量ともに満足するレベルのものが出来ました。収穫本数は約500本以上、うち1本3k以上の特Lサイズが8本、2.5kg以上のLサイズが150本ほど、Mサイズが200本余りで、過去最高の出来でした。

さてこれからは、新生姜「おおみショウガ」、薩摩芋「安納いも」を収穫するとともに、白菜やキャベツなど冬野菜の栽培や、そら豆の種まきとタマネギの植付けが待っています。でも今年は、必要以上の作付けは行わず、冬野菜は自家用に白菜を5苗植え付けたほか、カブを少々、これも自分たちが食べる程度に種まきした程度です。もう次から次へと、追いかけられるように色々な野菜を作るのは止めようと思っているのです。

 その分、他にやりたいこと(沢山あって困るのですが)にも手を延ばせるよう、時間的に余裕が持てるような農業を営んでいこうと、ちょいと路線変更をすることにしたのです。それで、畑仕事の合間を縫って好きなサイクリングを復活、秋の陽射しの中、赤く熟れた柿の実や風に揺れる蕎麦の白い花を見ながら里山を走り巡ることにしたのです。6年前も数回、自転車に乗ることは乗ったのですが、結局、畑仕事に追われてサイクリングは続けられませんでした。だから今回は、三日坊主で終わらぬよう、上手に畑仕事とバランスを図っていきたいと思っています。

2017年 大暑

 土用の丑の日の翌日、ここ極楽寺に恵みの雨が降りました。ほぼひと月振りの雨でした。もしも、この雨が降らなかったならば畑は完全に干し上がり、7月上旬に播いたばかりの大豆(青大豆)も、ようやく育ってきたオクラ(ダビデの星)も、そして本格収穫を目前に控えたカボチャ(すくな南瓜)も台無しになるところでした。

 事実、日照りが続く中、大きなカボチャの葉は、白く粉を吹いたようにもなり、黄色く枯れたようにもなり、果たして実は熟すのか? 行く末が案じられました。ナスやトマト、ショウガなど他の夏野菜は日々、水遣りをしましたが、すくな南瓜の蔓や葉は一反300坪ほどに広がっていますので、その掛け水と作業量からして、とても水播きするに及びません。手の施しようがないまま“空梅雨と日照りの夏”を過ごしているばかりでしたが、ここにきて2日続けて雨が降り、野菜も私も少しばかり生き返りました。

初収穫したカボチャは中型だが、まずまずの良品!

 思えば、このカボチャを作り始めたのは2010年のこと。近在の農家から種子をいただき、以来、畝作り、施肥、緑肥の播種、育苗、植付け、蔓の整枝、追肥、そして草取りなどを繰り返し行い育ててきた訳です。この間、育苗過程での虫食いや雑草の繁茂などに悩まされ続けてきましたが、7年目の今年、すくなカボチャ作りをほぼパーフェクトな状態で進行させることが出来たのです。事実、5月の段階ではカボチャの葉は例年になく青々と茂り、大きくて品質の良いカボチャの生育が期待できました。それが特に7月に入って一滴の雨も降らず、収穫期を迎えるに至ったのです。

 そして7月30日、妻のノーリンと共にカボチャ畑に足を踏み入れました。一部、葉が枯れ落ちるなど水不足の影響もありましたが、葉の下で見え隠れするカボチャたちは期待通りに大きく、見事な姿で土の上に横たわっていました。これから8月一杯まで収穫作業を続けます。

 

2017年 小満

 ソラマメ、キャベツ、ニンニク、タマネギ、エシャレットなど、寒い冬を過ごしてきた野菜たちが、ようやく収穫時期を迎える皐月晴れの5月下旬、

農業体験をしたい

と言って、ドイツの若者夫妻がやってきました。夫の名はクリちゃん、妻の名はミヤちゃんです。

二人は、実は8年前の夏に来訪し、田圃の草取りを手伝ってくれましたが、その時はまだ婚約したばかりの恋仲でした。それが今回は結婚を経て、生後8ヶ月になる赤ちゃんを連れやってきたのです。育児休暇をたっぷり取り、ミヤちゃんの実家の東京で2ヶ月間を過ごし、6月に帰国するとのことです。

 「Long time no see. How are you?

 ドイツ人のクリちゃんと日本人の私は英語で挨拶を交わしましたが、その後はすべて日本語でお話をいたしました。というのも、クリちゃんは自国語はもちろん英語やフランス語、ラテン語、スウェーデン語、そして日本語もできる、国際ビジネスマンとして活動しているのです。妻のミヤちゃんは日本人ですが、英語とドイツ語も堪能で、時折、難しい日本語については彼女がクリちゃんに英語で説明をしていました。

 そんなドイツの家族と一緒に昼は農作業を楽しみ、夜は食卓を囲み歓談いたしました。蛙の合唱を耳にしつつ田圃の上を吹き渡る風を感じながら、日本酒や味噌などの醗酵文化ことや、かつて私が好んで通った東京・下町の酒場の話題に花が咲きました。

 翌日、クリちゃんは薩摩芋(安納芋)の畝づくりを手伝え終えると、「九十九里浜の海を見たい」と言って帰りました。帰ったというよりも、田舎家の現実に留まりてやまない私とは異なり、若者達は未来に向っていったのです。客人らが去り、当家には妻のノーリンと二人の静けさが戻ってきました。若いドイツ人夫妻と、その可愛い赤ちゃんの顔が思い浮かびます。 

2017年 立春

 寒さも和らぎ陽の光に誘われて、のろのろ畑に出掛ける今日この頃、特段に農作業がある訳ではないけれど、畑のあちこちを歩き回るうちに、「まだだと思うけど、蕗の薹(ふきのとう)が出ているかどうか」などと思いつつ、杉の高木の陰の一角に植え付けてある蕗の畑へと足を運んでみると、なんと! 朝霜が融けてやや泥濘(ぬかる)んだ土表に、枯れ草の間から蕗の薹がちらほら芽を出していたのです。

  私は蕗の薹の香りが大好きで、かつては蕗の薹を求め野山へ出掛けていたのですが、ならば自分の畑で蕗を栽培しようと思い立ち、4年前に蕗の根を植え付けました。それから1年置いた2年後に、つまり昨年2月中旬にようやく蕗の薹を収穫したのですが、その時はほんの僅か、数えるほどしか収穫できませんでした。 

 それが今年はまだ1月末だというのに、早くも芽を出し、春の到来を知らせてくれたのです。幾つか芽が出たうちの大きなふっくらとした薹を二つ、指先でむしり取り、私は顔に近づけて匂いを嗅ぎました。鼻腔を通じて頭の奥までも匂えるほのかな香りは、まさしく値千金の価値があります。今年の初収穫となった日が1月29日、次いで数日後に5個、そして今日、2月4日の立春の日に妻のノーリンが10個も摘みました。この調子だと、今年は結構、蕗の薹の香りと味が楽しめそうです。

  塩分を排泄するカリウムを多分に含むため高血圧に効果有らしめ、かつ新陳代謝を促進し、発がん物質を抑制する成分も含むという蕗の薹。お膳の傍らに置いてみればそこはかとなく香り、味噌和えや天麩羅など食してみれば、ほろ苦い味わいが酒の友として好く似合います。折りしも、知り合いから頂いた野生の鴨肉で鍋料理、薬味として細かく刻んだ蕗の薹をちらほら汁の中に入れて食べました。

 ほろ苦き 風ふき香る 春の膳 

  立春の日の4日、もっか植わっている春キャベツ、玉葱、蚕豆、エシャレット、アスパラガスなどに追肥するとともに、馬鈴薯(インカの瞳、目覚め)を植える畑の土の耕耘のため、久し振りにトラクターを駆動させました。春の訪れとともに農作業を開始いたしました。

2016年 小雪

 勤労感謝の日の翌日、11月24日に雪が降りました。関東甲信越地方で、こんなに早く初雪が観測されたのは54年振りのことだそうです。ですが、2日前の22日は二十四季節のうちのひとつ「小雪」ですから、雪が降ったからといって、それほど可笑しなことではありません。

 それにしても、この雪の降る前に生姜(千葉在来・中ショウガ)や薩摩芋(安納芋=あんのういも)の収穫を終えていて良かった! 生姜も薩摩芋も南方が原産地ですから寒さに弱く、霜や雪に遭うと味覚も落ちるし実も腐ってしまいます。このため10月下旬から順次、収穫作業を続けてきたのですが、前回の「寒露」の便りで書いたように、19日(土)~20日(日)にかけて友人達が家族連れでやってきて、最後の芋掘りを手伝ってくれました。今年は2家族だけでしたが、昨年に引き続き楽しそうに声を発しながら芋を掘り出す子供たちと一緒に秋日和を過ごすことができました。

 さて、あとは当家の手作り味噌の原料とする大豆(青ダイズ)の収穫を残すばかりですが、かと言ってこれで農作業が一段落したわけではありません。雨降りで野焼きができないままになっている南瓜(すくなカボチャ)畑の枯れ草や、立ちんぼのまま枯れてしまったオクラ(ダビデの星)の幹、山積みされた薩摩芋の蔓(つる)などを始末しなければなりません。そして改め畑をいま一度、耕し、来春からの農作業に備えなければなりません。

 おっと、その前に、明後日の27日(日曜日)には東金市の“産業祭”が開催され、私も出店いたしますので、販売活動にも精を出さねば! どうにも農業という奴は、終わりなき戦いの連続です。

2016年 寒露

「秋分」から「寒露」へ、秋はいよいよ本番を迎えようとしています。「寒露」の頃から朝晩の気温差が激しくなり、草花に付く露玉は冷えて、畑を廻る私の地下足袋を濡らします。まさしく“実りの秋”の季節となってきました。

 しかし、その実りの秋に自信を持って売り出せる野菜がありません。この間に襲ってきた幾つかの台風と、例年より長引いた秋雨によって、野菜たちの多くが朽ちたり、枯れたり、充分に生育しない事態となっています。

 「今年はオクラ革命を起こす」などとほざいていた私ですが、、そのオクラ“ダビデの星”は、まったくの不作でした。種蒔きした当初から施肥を誤ったせいもありますが、台風の風で何度も幹や枝が倒れたり、その美しい花が咲いても驟雨により日光不足で実が成らず、あるいは成っても実が硬く、育てた百株のうち満足に実を付けたのは3分の1ほどでした。

 そのほか「雲南百薬」、唐辛子の「鷹の爪」、カブ、大豆なども、みな中途半端な出来映えで、働いた分の成果が得られずに終わりそうです。この間、ようやく植え終えたニンニク(ジャンボ&紫)、ラッキョウ&エシャレット、そしてこれから種蒔きするソラマメや玉ネギなど、来年5月~6月に収穫期を迎える野菜たちに期待を寄せるよりほかにありません。さらには近く掘り出すサトイモ「石川早生」、ショウガ「千葉在来種」、サツマイモ「安納芋」などに期待をつなぐばかりです。

 そのサツマイモですが、毎年、私の友人達が家族連れでやってきて“芋掘り”を楽しむイベントを、今年は11月19日(土)~20日(日)にかけて行います。年々、成長していく子供達の喜ぶ姿が目に浮かびます。

2016年 立秋

 8月8日の立秋が過ぎ、農作業も秋冬野菜作りの準備に入ります。お日様はかんかん照り、立秋とはいえ夏の真っ盛りの暑さですが、周囲の森から吹き抜ける風は暦のとおり秋の気配を感じさせる涼しさを覚えます。

 人気の薬草野菜「雲南百薬=うんなんひゃくやく」をはじめ茄子やトマト、ピーマン、スイカ、金太郎メロン、冥加(みょうが)といった夏野菜の収穫を続ける一方、いよいよカボチャ「宿儺=すくな南瓜」の本格収穫も始まりました。今年も出来はまずまず、1本2,500g以上のLサイズが結構、獲れています。東京では1本1,500円~2.000円くらいしますが、通販で800円~1,200円で出荷しようと思っています。

 また、今年は多収量を期待して沢山、植えたオクラ「ダビデの星」の収穫も始まりました。このオクラは普通のオクラよりも大きい、ずんぐりむっくり型の大きなオクラですが、味は実にスイート&マイルド、格別な美味しさです。丸かじりすると、オクラの原点が味わえます。

 こうした夏野菜を収穫するかたわら、大蒜(ニンニク)をはじめラッキョウ、馬鈴薯、人参(ニンジン)、大根、蕪(カブ)といった秋野菜を作るための畑、畝づくりを進めています。畑の耕うん作業から始まり、石灰や堆肥の搬入・散布、そして畝立てという一連の力仕事に毎日、汗を流しております。でも時折、畑を吹きそよぐ秋風に救われながら…。 

2016年 立夏

 薫風が頬を撫で、畑の上を吹き抜けていきます。
木々が芽を吹き、花を咲かせ、やがて散ってしまったかと思うと、あたりは一面の青葉、若葉の世界となり、今は、畑の小屋の傍に植えた藤の木も艶やかに咲きそろう、皐月の頃となりました。
 爽やかな青空が続く好天に従い、癒えることがない腰の痛みに我慢を寄せながら、昨今は南瓜(すくなカボチャ)や青大豆、オクラ(ダビデの星)、生姜などの土づくり畝づくりに励んでおります。
 また、昨秋に植え付け冬を越してきた大蒜(ニンニク)や玉葱、蚕豆たちは順調に生育しており、昨年は赤サビ病で半分しか収穫できなかった大蒜も、今年は青々とした葉を風に靡かせています。
  当農園も、いよいよ野菜作り本番の季節を迎えました。6月には馬鈴薯(インカのひとみ、インカのめざめ)の収穫を開始しますので、見物がてら農園へ遊びにお出でください。